笑いのツボ

 先日、娘と共に「ミニオンズ」という映画を見に行きました。ご存知の方もあるかと思いますが、バナナの様なかわいい生き物(?)たちが活躍するお話しです。お子ちゃま向けのアニメかと言うと、ちょっと違って、所々に風刺の効いた場面があったり、「あれ?これって!」と懐かしい事を連想させるようなシーンがあったりと、一応大人向けのアニメだと思うのですが、ミニオンズ自体がとっても可愛いいのと、夏休み中と言うこともあって、館内は幼稚園児ぐらいの子供達も多く見られました。

 映画自体も楽しかったのですが、おもしろかったのは、子供達が笑う場面が、私達のそれとは違うタイミングなのです。「えっ?ここでウケるの?!」って感じで、大人が笑える場面とズレたところで、ドッと笑うのです。笑いのツボが違うって感じです。うちの娘は23才ですが、私と同じ事を感じていたようで、「チビッ子たちは、うちらと違うところでウケてたなあ。」と言ってました。

 わが家の子供達は姉弟で、3才違いですが、二人が幼なかった頃、よく二人でゲラゲラ、ゲラゲラと笑っていたことがありました。お姉ちゃんのするたわいない仕草や、言葉が弟に大ウケで、何度も繰り返しては大声で笑い続けていたものです。私はそれを見ながら「どこがウケているのか、わからんなあ?そんなんでおもしろいんかなあ。」と思いつつも、笑いころげている二人を見ては「いい感じやなあ」と微笑ましく感じていました。

  大人には、もう感じられないおもしろさ

  大人には、もう入り込めない楽しみの世界

きっとそれは、笑いのツボだけでなく、悩みや疑問、色々な感覚的なツボが、大人は年を重ねて、生きていくうちに、体のどこかに仕舞ってしまったものなのかもしれません。ひょっとしたら、もう干からびているかも?!

 だから、子供の話を聞いても「うん!そうそう!そうやね。」と共感する前に

いきなり説教してしまったり、子供の心をしぼませるようなひと言を言ってしまったりするのでしょう。

  大人が子供と遊んであげなければ・・・。

  大人が子供の問題を解決してあげなければ・・・。

  子供のことは大人が解ってあげられるはず・・・。

そうでしょうか?

笑いも悩みを疑問も共有しつつ導くことが出来る人達、それは少し年上の子供達でしょう。お兄ちゃん、お姉ちゃんの存在です。兄弟でも、近所の子でも。

 大人は昔、子供だったから、子供の気持ちは何でも理解できるはず・・・ではないのです。親と遊ぶより、少し年上の子と遊ぶ方が、目が輝いていませんか?親が上手く教えられなくても、少し年上の子にお手本を見せてもらったり教えてもらうとすんなり出来たりするのです。

 自分の学生時代を振り返っても、親より先輩に悩みを打ちあけたり、先輩のアドバイスの方がすんなり心に入って来たりした覚えはありませんか?

 近頃の子育てをめぐるコメントなどを聞いていると、子供の問題を総て大人が解決できるはずという前提で話が進めらている気がします。でも子供自身はもっと、感覚的に自分に近しい存在を求めている様に思います。いきなり大人ではなく、その中間にいる人達、笑いのツボが共有できる人達の力を借りる方法もとても良い事だと思います。